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なぜ書くのか。それは、人に言葉があり、私に心があるから。

2017

1217
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2006

1229

小学校の頃、あるクラスメートと暗号を作って解き合っていたことがあった。日本語の文章をローマ字にして、逆に並べて、アルファベッドの順番で数字にして、違う順番でアルファベッドに戻して、などなど。実際は、相手が作ったのを解くよりも、作って渡すのが楽しかった。


シャーロック・ホームズにある「踊る人形」は暗号をテーマにした有名な一遍だ。先日、エドガー・アラン・ポーの「黄金虫」を読んでいたら、「踊る人形」とよく似た暗号解読法が出て来て、おおーっと思った。これが暗号の世界の定石なのだろう。


それはこんな感じだ。一見して何の脈略もない記号や絵を前にして、まずどの記号が一番多く使われているかを書き出す。アルファベッドで一番よく使われるのは「e,a,o,i,d,,,,」という順番になっていて、それを多く使われている順に当てはめる。短い単語に注目し、「a」「I」「The」などを決めて、分かった字を入れて、残りの単語を埋めていく。ただし、「踊る人形」でも「黄金虫」でも、暗号文が英語で書かれたというのが大前提だ。


小学生の頃はこんな暗号の解き方があるなんて知らなかった。知っていればもっと難しい暗号を作れたのになあ。

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2006

1204

自分ではあまり読まないジャンルだけど、雑誌などで人気なのは知っている、そんな「はちみつとクローバー」と「のだめカンタービレ」。内容については読んだ事がないので語れないけど、漫画の舞台についてふと思ったある。


「はちクロ」は美大、「のだめ」は音大。この二つの人気青春恋愛漫画(だよね?)は、両方とも芸術の好きな若者が集まる場所を舞台にしている。これはもしかしたら偶然じゃないのではないか。


芸術とは、理屈より直感が大事なもの。そこで考えられる要因として、
①理屈より感情で動くキャラクターが胸キュンな青春恋愛漫画には必要。
②理屈より感情で描ける漫画家が胸キュンな青春恋愛漫画には必要。
③恋愛の舞台として、芸術ほど絵になるものはない。


芸術ってすごいと思いません?


ではここで、逆の場合を考えてみる。
主人公たちを大学の物理学部や化学学部の学生にしてみよう。


「遠心分離機が周期的な唸りを上げる実験室。パイレックス製のピペットから滴定の溶液が少しずつ加えられる横で、そのメモリの観察もせずに二人は見つめ合った。そして、今落ちたばかりの一滴で中和点に達したフラスコの中でフェノールフタレイン溶液がぱっと赤く染まった時、二人の唇は重なった。」


きゃーっ。

 

2006

1121

ただ今世界で大ヒット中の「鋼の錬金術師」をやっと読んだ。随分前からこの作品の人気には気付いていた。作品の人気度を見るには、雑誌や本屋の宣伝ではなく、ネットをぶらぶらしてみれば良い。その作品を扱ったサイトの数が、一番如実な人気度のバローメーターだ。


作者の荒川氏は、「自分はB級映画が好きだから、そんな漫画を描きたい。」と述べた。そして、それは成功していると思う。お約束的展開によって得られる爽快感やカタルシスこそが、漫画の真髄だ。


物語の描き方には、いくつかのパターンがある。


①善人は100%の善で、悪い人は100%の悪の例。
天空の城ラピュタが愛される理由はこれだろう。


②善人とか悪人とかじゃなくて、それぞれの行いが立場によって善にも悪にもなり、そのレッテルが明確でない例。
これが現実には最も近い。そして、もののけ姫が「よくわからない」「主人公がどっちつかずでイライラする」と言われる原因である。


③善人が悪ぶりながらも善を行い、悪人が善の皮をかぶって悪を行う例。
これがずばりB級映画、そしてハガレンだ。理想でしかないパターン①ほど現実離れしていなくて、かつパターン②ほど物語の醍醐味を失っていない。人は映画や漫画の創作にリアルな現実を見たいんじゃなくて、笑うところは思いっきり笑って、泣くところは思いっきり泣きたいのだ。


(以下ちょっとネタバレ~)


だからマスタング大佐がマリア・ロス少尉を黒焦げにした時、私は絶対に彼は焼いていないと信じていたし、ロス少尉が再登場した時、「やっぱりこう来たかコノヤロー!」という快感と感動にやられた。一巻に最低一回はどこかでうるっときてしまう。物語とは、B級映画とは、かくあるべきだ。

 

2006

1112

ルームメイトの持ってた「デスノート」映画版の前編を観た。全体的には75点って感じかな。原作と結構違ってたけど、わりと好きだった。


各キャラクターは結構イメージ通り。月は打算的で冷酷だし、Lはやっぱり挙動不審。バーベキュー用の串にドーナッツやショートケーキを5個ぐらい刺して食べるような変人である。あと、ワタリが恐ろしいほど原作と似ていた。


月は登場した時から大学生で、その恋人の詩織が映画のオリジナル・キャラ。その詩織が結構大事な役目だったりする。FBI捜査官のレイ・ベンパーはレイ・イワマツになっていて、役者が日本語ぺらぺらだったからせめて苗字を日本名にしたんだろうなと。やってるのが日本人だから当たり前だ。


私のデスノの好きな所と言えば、リュークのおちゃめっぷり。月の部屋に仕掛けられた64個の監視カメラを探し出して、「で、俺どこでリンゴ食うわけ?」なんて言っちゃう最高なヤツだ。しかーし、映画版のリュークはあまり可愛くなかった。中村獅童の声質は悪くないけど、基本的におちゃめシーンがない。もちろん、上の台詞もない。いくらCGに凝ったって、そんなのはいかん。


そんな映画版、とりあえずデスノを知ってる人にはおすすめ。

2006

1031

先週の金曜日の夜七時、スタジアムのライトに眩しく照らされたフィールドの上で、UNR対ハワイ大学の女子サッカーの試合が始まった。私は相手側のゴールの後ろの観客席に登り、望遠レンズのカメラを構える。


実は私が少し遅れて前半7分にスタジアムに入った時点で、すでにうちのUNRチームが2点も入れていた。UNRの女子サッカーは強いらしく、私が今まで撮ってきた試合では一度も負けていない。


相手のハワイ大学の選手は小柄で、アジア系が多い。選手交代で名前が呼ばれる時も、「ジュディ・オカノ」というのが耳に入ったりする。何より、常夏のハワイからこんな寒いネバダに来て、しかも今の季節すでに容赦なく冷え込む夜に試合している彼女らに同情してしまう。


私はといえば、うまく写真が撮れなくて大苦戦。初めてのナイトゲームだ。最初は撮っても真っ暗で、手動で露出を変えなきゃいけないカメラを前に途方にくれた。恥をしのんでエディターに電話しようかと思ったが、いじっているうちにどうにか人が写るようになった。


しかし、夜で光が足りなくてブレるブレる。シャッタースピードを最速(1/60秒)にしても、サッカーの見せ場なんて選手が一番激しく動いている時だから、ブレずに撮れた写真は一枚もない。その上オートフォーカス(自動焦点合わせ)が働かなくて、くそ重い望遠レンズを支えつつ、同じ手でズームと焦点のリングを同時に回す曲芸を強いられる。いや、無理だから。おまけに寒いしさ。


その後もUNRが得点を重ねていく。一度なんて、ゆるいパスみたいなのがころころとそのままゴールに入り、えー!?と思った。それでもハワイ大学のキーパーは指示を出し、皆を励まし、声をかけ続ける。残り10秒になった時、キーパーの所にボールが来た。ゆっくりとボールを拾い、試合終了のホイッスルと同時に、彼女はボールを力いっぱい蹴り上げた。


それが5-0で負けた悔しさを語っているように思え、私が撮るべきなのはUNRの選手だけなのに、そっとその背番号1番を背負った彼女の背中にカメラを向けた。

2006

1014

ちょっと背景を変えてみた。
家出をするブタさんの絵である。(ホントかよ)
あまり背景を変えないので、わざわざ告知してしまう。

 

そういや、Coccoの歌に「桃色のゾウが運ぶ夢」という一節があって、なぜかそれを思い出した。Coccoは桃色のゾウさんを気に入ったようで、CDのブックレットの裏にも描いていた。

 

あれ?この背景にした途端、行間のレイアウトが変わった…。
またもや私の行間調整の努力がぁー!

2006

0914

最近ブログの筆が進んでないなあ。
ぼーっとしているうちに、また一週間がすぎてしまった。

さて、先週の金曜に撮った写真が、今週号のSagebrushに載っている。またスポーツの写真を引き受け、今回は水泳を撮ってきた。前はアンケートの興味ある分野に「文化イベントなど」と書き、スポーツ写真にはまったく興味を示さなかった私だが、スポーツを撮るのは面白いということに気付いた。2時間ほどで500百枚以上を撮り、その中からいいと思うのを3枚選んで提出した。あれだけ撮っても、たった3枚しかマシなものがなかったのだ。

そのうちの一枚は選手がバタフライを泳いでいる写真なのだが、やらなきゃいけないと思いつつ、撮ってる時は忙しくてとても選手たちの名前をいちいち控えるなんて出来なかった。しかし、新聞に載せるためには、必ず正しい名前がないといけない。他のスポーツならば背番号と顔で選手を割り出せるのだが、水泳に限っては背番号もなければ、キャップとゴーグルで顔も見えない。仕方なく水泳のコーチにメールを出し、月曜日まで返事を待って名前をもらったのだが、この時ほどリュ―クと死神の目を取り引きしたいと思った時はなかった。あ、でも寿命が半分になるのはやだな。りんご1年分で勘弁してくれないかな。

じゃ、せっかくタイトルに出したので、稲葉さんになって歌います。

純情の海を クロールで横切っていこう
僕らは 悩み多きスイマーだ!
かいて 強くかいて よろこびにタッチすれば
明日も捨てたもんじゃないだろう?

(書きながら本当に歌ってるヤツ)

2006

0906

UNRには「Nevada Sagebrush」という、発行数6500部の新聞がある。夏休みの終わりに、Sagebrushが新年度に向けてWriterやPhotographerを募集していたので、Photographerに応募してみた。報酬もない仕事だが、かねがね報道と写真に興味があったから、このチャンスは逃したくないと思った。一ヵ月後、忘れかけた頃に採用されたというメールを受け取り、おとといの日曜日に初仕事をした。

一眼レフの、30cmもあろうかという望遠レンズのついた、とにかく重いカメラを貸してもらった。露出もシャッタースピードもズームも手動だ。でも、そうじゃないとスポーツの動きを捉えきれないのだとすぐに分かった。ファインダーを覗き、中央線越しに選手たちとボールを追い、撮りたいだけ撮る。「とにかく撮って。300枚も400枚も撮ったらグレイトよ」と言われ、その通りにした。あの重いレンズを支えながらズームリングを回し続けて左手を酷使したためか、今でも指のしびれが取れないが、オフィスに帰って「よく撮れてるわよ」とエディターにほめられた時はうれしかった。

UNRの人は、今までSagebrushなんて手に取ったことがなくても、ぜひ今週号のは見てくれ。そして、Gamedayという別紙のスポーツ欄を見てほしい。一枚目の右下にあるカラーのバレーボールの写真、そして中のモノクロの女子サッカーの写真が、日曜に私が手を痛くしながら撮ったやつだ。発行日の今日、朝ドキドキでSagebrushを手に取ってそれを目の当たりにし、今かなり興奮している。自分の撮った写真が新聞に載って印刷されてあちこちに置かれるなんてすげえ!!

2006

0825

横山秀夫の「半落ち」を読んだ。やっぱり世間で評判になっていた作品だけあって、面白かった。何人もの人間の視点を飛び移りながらの進行は「壬生義士伝」を思い出させたが、刑事・検事・新聞記者・弁護士・裁判官・刑務官の順に、容疑者の梶総一郎と物語がたどるプロセスが進んで行くのは絶妙だった。

中でも私が特に感じ入ったのは中盤、新聞記者の中尾洋平の章だ。どの人物も、どこかしらで人生に失敗してスネに傷持っていて、今の職場での上下関係のせいで思い通りにいかないもどかしさを感じている。この小説の大きな焦点の一つは、”組織の窮屈さ”であるようだ。ちょっと社会人になった時のことが思いやられる。

中尾洋平という記者は、警察が秘密に調べていた事件を書いて暴いたので、刑事たちににらまれている。その上、偶然立ち聞きした特大スクープを強引に聞きに行ったため、地検にもしばらく出入り禁止になった。その間に地検の発表を聞けず、他の新聞が全部書いているのに自社だけ知らなかったという「特オチ」を食らい、自分は新規採用の上司に「だから中途採用のやつはダメなんだ」と罵倒される。

その中尾が県警で立ち聞きしたネタはどこの社も知らないものだったが、それを記事にすると影響が大き過ぎる上に、何より容疑者である梶総一郎の決死の覚悟を踏みつけにするものだった。県警は別の特ネタを提供し、梶のために書かないでくれと言う。中尾はそれに応じるが、上司にパソコンの予定稿を勝手に読まれ、梶事件について書けと命じられる。「書けません」という中尾に、「本社が社会面のトップを空けて待ってるんだぞ。会社にい続けたかったら書け。」と命じる上司。中尾は結局、送信のボタンを押してしまうのだった。

新聞記者ってこんなに大変なんだ…と実感させられた場面。お互いにスクープが取れなくてなぐさめ合った今日の友は、特ネタを載せてこちらを見下した顔をする明日の敵になる。特オチをした日に休憩所で他社の記者たちから嘲笑され、誰がどうなろうとこのスクープを書いてやると決意する中尾の姿は哀れだ。そこではまさにあらゆる方面との情報戦が行われているが、終わりのない戦いほど人を疲れさせるものはない。フィクションながら、現実的すぎるほど現実的な小説だった。

2006

0813

友人から夢枕獏の『陰陽師 龍笛ノ巻』を借りて読んだ。日本にいた頃は、岡野玲子さんの描く漫画版の「陰陽師」を揃えていて、久し振りに読んだ晴明と博雅の掛け合いが懐かしくて楽しかった。

安倍晴明はもちろん日本の歴史的人物だが、彼に関する創作作品はシャーロック・ホームズの流れを汲んでいると思う。「一体どういう事なのだ?おれにも説明してくれぬか」と聞く博雅に、「これは呪さ」と晴明が答える構図は、「何が起きたんだ?」とびっくりしているワトソンに、「この事件はすべてあの男が起こした事なのだよ、ワトソン君」と自信たっぷりに答えるホームズそのものである。

漫画版の陰陽師は各巻のタイトルを十二神将の名前から取っていて、ゆえに十二巻で完結するとあらかじめ決まっていた。そのせいか、終わりが近づいた十一巻は明らかに分厚くなっていて、巻数が決まっているというのも大変だなぁと思って買っていた。漫画の方が完結したと聞いたので、じゃあ最後の十二巻を買って読もっかなーとネットで調べたら、なんと十三巻まであるではないか。う、うそつきぃー!!

きっと、十二巻では終わらなかったのだろう。それまで読んでいても、本当にあと一冊で終われるのかな、これ…と心配していたから、しょうがないかも知れない。でも、あと一冊買うつもりが二冊買わないといけなくなり、相変わらず分厚いので値段も高くて、買うのを躊躇している。

買うのを躊躇しているもう一つの理由は、シリーズの前半に比べて九巻の「内裏炎上」から話がややこしくなり、よく解らなくなってしまったせいもある。それまではショートストーリー形式”晴明と博雅の平安妖怪冒険譚”だったのが、なんだか哲学書みたいになってきてしまったのだ。 それでも読みたいと思いつつ、きっと読むのは将来日本に行く機会があった時かも知れない。

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1984/10/25
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